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第5章 ゆとりある郷土
第6節 県土利用の再確認

第3項 開発事業
―激減してきた公共建設事業―

(1) 各国の行政投資の推移
(2) 富山県の行政投資の推移
(3) 個別事業別推移
(4) 個別事業の課題


(1) 各国の行政投資の推移
 公共建設事業の多寡の検討の初めに、マクロ的な指標として、政府投資(政府固定資本形成;Ig)の国内総生産(GDP)に対する比率(Ig/GDP)の推移を辿ってみる。

 OECDの主要な国では、Ig/GDPは、概ね1970年前後にピークを超え、以降2〜3%の水準へと低下し、概ね横ばいで推移している。
 我が国では、社会基盤施設の整備の遅れもあり、1970年以降もさらに比率を増していたが、まず第一次石油危機(1973年)に際しての一時的な低下の後、第二次石油危機(1979年)を最後に縮小に転じた。この時点では、一般に財政的困難からの止むを得ない縮小と認識されている。
 しかし、地方政府にいた小生の感覚では、幾つかの基盤施設については、もはやむやみに拡大を続ける必要はない時点に来ていた(個別の基盤施設の状況については、別途に述べる)。ただし、このような判断は、建設事業関係者は容易に肯定しない。また、担当部署でない行政関係者でも容易に発言はできなかった。仮に、発言すれば、それを理由に国からの予算が削減され、地域への経済活動に影響することは間違いない状況にあり、この発言抑制メカニズムは現在も生きている。
 1980年代前半の我が国経済は、輸出主導型で立ち直り、政府投資比率の低下は1985年まで続いた。しかし、この年に、アメリカから内需を軸とした経済拡大へと転換するよう要請があり(プラザ合意)、以降、再び政府投資比率を徐々に拡大させた。
 この政策姿勢がバブル経済に繋がり、1990年代の当初に破綻した。その後は、経済の活性化の要請に応える投資の拡大と、財政的限界からの縮小とが交差し、長期的にはかなり大幅に縮小するに至っている。
 現時点での政府投資比率は、3%程度となっているが、既に政府投資のための国債発行を積み積重ねてきており、厳しい財政状況に陥っている。
 景気浮揚のための公共投資維持拡大という要請がなければ、1980年代前半のIg/GDPの減少趨勢を1980年代後半も続け、1990年代前半以降は2%台で推移し、各種基盤施設の整備ゆっくりと進め、さらに長期的には一定限度の基盤施設の維持更新に切り替えていくというシナリオもあり得たのではなかろうか。

出典;社会実情データ図録「公共事業の動向(日本と主要国)」http://honkawa2.sakura.ne.jp/5165.html(2021.09.15)

 ちなみに民間も含む固定資本形成全体のGDP比の経年変化を見ると、日本の水準は、かなり低下してきたが、やはり他の先進国に比して高い。


 アジア地域では、日本は相対的に低い位置にある。かつてシンガポールやマレーシアでかなり高い時期があったが、現在は日本と同様の20%台になっている。これに対して、中国は40%台で高い。韓国は30%程度の横ばいとなっている。


(統計データ)


(2) 富山県の行政投資の推移
 次に富山県の公共建設の規模がどのような水準にあるのか、「建設総合統計」の出来高額で検討する。
 ただし、「建設総合統計」は、建築着工統計等からの推計統計であり、その絶対水準は信憑性がやや低く、各種数値の相対比較により利用するよう示唆されている。

 富山県内での2021年度の建設の出来高は約5,052億円で、1990年代の初めの約9,500億円の半分程度となっている。このうち民間は1990年代当初から趨勢的に減収してきており、近年は若干盛り返し気味に推移している。公共については1990年代中は4,000億円前後で横ばいの推移であったが、2000年代前半に急減し、'00年代後半は3,000億円弱での横ばいの後、'16に大きく落ち込み2,000億円前後となっている。

 こうした建設事業者にとっての厳しい現状の中で、公共建設の多寡を論じるのは、的外れの議論の観もあろう。
 しかし、厳しい財政事情のもとで、公共建設が縮小しても県民の生活や産業の活動に支障は生じないのかその必要性を検討しておくことは重要である。
 なお、必要性の絶対水準から検討することは、かなり困難であるし、本統計の成り立ちからも危うさがあり、都道府県の相対比較等が主となる。


 建築、土木の区分では、概ねそれぞれ、民間、公共に対応した推移となっている。


 ちなみに、富山県内での2021年度建設出来高の民間・公共の比率は52:48で民間が上回っている。また、民間は建築が8割、公共は土木が8割を占めている。


 2021年度建設出来高を人口当たりで見ると、民公合計で全国417千円/人に対して富山県は493千円/人であり、都道府県の中では、13番目の大きさとなっている。
 富山県についての内訳では、民間が256千円/人で全国12番目、公共が237千円/人で全国21番目となっている。


 人口当たり公共建設出来高について、かつては北陸・山陰など日本海沿岸県で多かったが、その後震災復興の岩手・宮城・福島が大きくなり、これも一段落している。近年は富山県は全国並みに低下している。
 逆に少ないのは大都市圏の都府県である。
 この点から、この建設出来高の多寡は、人口密度あるいは総面積・可住地面積等を基準に検討すべきという考えもありうるが、地理的範囲等では、説明力の高い関数等は見つけ難い。
 人口は費用負担力や受益者の目安になるので、検討の一つの目安となろう。


(統計データ)


社会資本等整備事業の効果測定手法
 算定価額問題点等
代替手段額代替する手段の価額代替する市場財の存在が前提
被災見積額回避される被災による損害額被災の程度が曖昧になりがち
消費者余剰増加額必要経費逓減額
(これに伴う消費行動需要曲線変化による余剰変化額)
消費行動に一定の影響を与えることが前提
地価上昇額
(HDM:Hedonic Method)
利便性向上に伴う地価の上昇額特定の地域の地価に還元されることが前提
支払意志額
(CVM:Contingent Valuation Method)
個々人の支払う意向のある額の集計額現実的な意志表示がなされることが前提
旅行費用額
(TCM:Travel Cost Method)
新たな環境に訪れる旅行で使う費用
(機会費用を含む)
類似環境・施設での評価が前提
 国土交通省「社会資本整備に係る費用対効果分析に関する統一的運用指針」策定に係る資料を参考に作成。

 社会資本等整備の効果測定手法がいろいろと提起されており、公共建設の評価の参考になりそうだが、問題点が多く、恣意的なものとなりがちである。さらに、費用対効果の測定からは、類似事業の相互比較程度は可能だとしても、事業の必要性の判断は困難である。




(3) 個別事業別推移
 やはり、具体的な検討には、個別の事業について評価が必要である。
 ただし、個別事業の出来高は、全般として縮小趨勢がありかつ年々の変動が大きいので、水準を単純に捉えることが難しい。

 富山県の近年の動向として、鉄道軌道がなくなったことが目立っている。道路・建築計も大きく落ち込んだが、直近2年は再び増加している。


 富山県の人口当たり公共建設出来高の2021年度値について、全国水準と比較すると、まず、農林水産、砂防・ダム建設等を含む治山・治水、道路などが大きくなっている。


 ⇒行政投資額


(4) 個別事業の課題
 以下、個別の事業について小生の認識を並べておく。
 詳しくは、それぞれの引用ページを参照されたい。

【道路】
 道路については、特定財源があることによって、膨大な事業が続けられてきた。そして、これを切り替える必要があることは、国会(ガソリン国会2008年)での議論等でも明らかであるが、実態として切り替えられていない。
 富山県については、道路は、全国でも最も整備されていると考えられるが、全国でも最も急速な整備を続けていた。ただし、最近の建設量は一旦著しく減少したが、再び増加に転じている。いずれにしろ、今後の動向を注視していく必要がある。

【治山治水】
 治水事業については、民主党による事業仕分けの中での八ツ場ダムの議論でも感じられるが、その必要性の議論が極めて曖昧である。小生の理解では、富山県では1980年代の初めには、ダムへの上水・工水・農水の需要、発電の効果などは費用に見合うものでなくなってきていた。そして治水事業については、評価が難しいが、自然災害はかなり減少し1970年頃には一段落している。
 砂防ダムについても大規模な事業を続けており、過大だとする人もいるが、評価が極めて難しい。事業を継続していることによって災害が防止されていることも間違いない。

【農林水産】
 富山県の産業の中で農業が占める比重からみて農業への予算の大きさは、不思議な大きさである。ただし、現在は、産業振興ばかりでなく、農村地域環境の整備も行っており、評価は難しい。

【下水道】
 下水道については、富山県内では、さらに整備を続けるべき地域もあるが、全体としては、既に一段落している。ただし、この整備に当たって、汚水処理の手段として、下水道を利用するのか、戸別の合併浄化槽を利用するのかの判断を不明確にしたまま展開してきたと思われる。特に、富山県のように人々が平野部に散らばって居住している地域では、極めて非効率な整備がなされてきた。下水道普及率の指標として分母に総人口を利用していること自体が誤りであり、仮に分母にDID人口を使うと富山県の普及率は200%を超えている(ただし、この分母が適切と言っている訳ではない)。

【港湾】
 港湾整備については、港湾関連事業としての新湊大橋環水公園の整備の評価が難しい。地元にとっては極めて歓迎される施設ではあるが、大所高所から見れば、モアイ像を造っている懸念がある。この点に関しては、財政問題、地球環境問題などとともに地域利益の主張の在り方などについての各自の考え方によって見方が大きく異なるであろう。


【土地造成】
 富山県での住宅地造成は、主として民間で行われており、空き家率の増加、世帯数の減少時代に直面していながら、急速な整備が続けられている。これは、既存宅地の活用に比較して新規造成宅地の活用の方が安価に行われるとともに、農地所有者が転用転売を急ぐとともに、建設業者・不動産業者・金融関係者等がこれを助長することによって起こっている現象である。本来、土地利用規制を的確にして、持続可能な都市の整備を図らなければならないが、大所高所から判断して行動しようとする為政者・市民がいない。

【上・工業用水道】
 富山県では、工業用水道の需要は、1970年代末にピークとなっていたのだが、かつての計画を改めず、過大な施設整備を行った経緯がある。ちなみに神通川左岸の工業用水道施設での余剰となった敷地では、ゴルフ練習場、太陽光発電施設が整備されている。
 また、上水の需要も頭打ちとなっている。

 以上のように、多くの建設事業は、過大な事業展開がなされるきらいがある。これは、我が国の民主主義の政策決定システムでは、適正な判断ができなくなっているのであり、結果として、「事業仕分け」のような手法を取らざるを得なくなっているといえよう。

 ⇒漂流社会富山

(統計データ)

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(Jun.24,2022Rev./Jul.24,2009_Orig.)