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第1章 地域を捉える

第2項 地域を語る
―構造の分析と描写―

(1) 地域構造の抽出と位置づけ
(2) 地域の物語

(1) 地域構造の抽出と位置づけ
 地域を捉えるには、いろいろな手法が考えられる。例えば、@特徴的統計指標を列挙して図化する、A各種の多変量解析を試みる、B県民性を議論をする、C県のイメージを列挙することなどがあろう。
 ⇒地域を捉えるいろいろな手法(参考第6節第2項)

北陸の位置付け
 例えば、国民生活指標の原統計について因子分析を行ったものが右図であるが、富山県を含む北陸の豊かさの背景として、「空間的ゆとり」と「家計の強さ」が窺える。これは、日本海沿岸=太平洋沿岸型の日本海沿岸の位置及び中央=周縁型の中央の位置として、都道府県での分布に関する型としても捉えることができよう。
 ⇒北陸の豊かさの背景



(2) 地域の物語
豊かさの構造
 富山の豊かさの特徴には、富山なりの地理的、歴史的背景を持った構造がある。
 富山県は、どのような社会の成り立ち、構造を持っているのか。これらの指標の相互関係を描けば富山の構造が見えてくる。
 富山の社会構造の解説は、本報告全体の課題である。
 ここでは、豊かな富山が築かれた経緯を予備的に整理してみる。


@ 恵まれた自然
 富山県の地形は、三方を急峻な山岳に囲まれ、北側の富山湾に向かって開かれた、自然の舞台を形成している。山岳部は傾斜が急で、人も居住せず結果として豊かな自然が残っている。また、高い山岳により、冬期には日本海側からの季節風が多量の降雪をもたらし、豊富な水を提供している。これにより平野部では、多くの河川による複合扇状地が発達している。
A 卓越する稲作と工業
 富山県では、複合扇状地で、 水と戦いながら 稲作が営まれてきた。北前船、薬業で蓄積された資本により、明治期には、各種の社会基盤の整備が進められた。特に、築港と工業用地整備、発電事業などを背景に工業誘致の努力がなされた。また鉄道の各駅毎に紡績企業の誘致が行われた。さらに富山港と運河の建設もあり、富山県では、戦前、既に一大工業集積地が形成されていた。
 戦後は、軍需産業の民需化の中で多くの地場企業も誕生し、一方で、新産業都市建設、テクノポリス建設など積極的な工業振興事業も重ねられ、工業が卓越する地域を形成してきた。他方、 農業も各種の改良事業が展開され、工場等の働く場の存在により、水稲栽培の兼業農家が卓越することとなった。
B 分散した居住
 コンパクトにまとまった富山県の舞台は、富山市を中心として概ね県下一円が通勤圏内である。職場にも恵まれ、農家が多かったこととも併せて、人々は、生まれ育った地域に住み続ける傾向が強く、社会移動が極めて少なかった。この結果、総じて富山平野全体に分散して人々が居住し続け、大都市が形成されず、鉄道の駅毎に中小都市が形成された。
 このため各種の利用施設は、各都市・各集落毎に整備され、人口当たりでは極めて数の多いものとなっている。逆に、大人口を背景とした優れた施設が整備できず、また匿名性の高い大都市の魅力などを形成することには限界があった。一方、分散型居住の利便性を確保するため、全国でも有数の自動車社会を形成してきた。また住宅は持ち家で広いものとなっている。
C 大きな家族
 人口の社会移動が少なく、生まれ育った地域に住み続けたことは、核家族化の進行を抑え規模の大きい家族、多世代同居を維持し続けることともなった。これにより、家族が助け合って足腰の強い生活を形成してきている。家計の構造も家族が補い合うことによって、世帯当たりの所得水準はかなり高く、 消費の外生化される程度が少なく全国平均とは異なった様相を示している。一方、地域社会での繋がりも強く、各種の地縁組織もよく残っている。
D変革への課題
 以上のように相対的には豊かな富山となっているが、経済社会が大きく変化していく中で、新しい地域社会をどう創っていくか富山なりの課題がある。
 モノづくりを中心とした産業を国際経済の中で、持続可能な構造にどう変革していけるか。
 人口減少や地球温暖化の制約等の中で、居住をどうコンパクトにまとめていけるか。
 世帯規模の縮小など人々の繋がり弱くなる中で、自立する強い生活をどう維持していけるか。


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(Jun.14,2016Rev.)