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第1章 地域を捉える

第3項 地域を考える
―予備的将来像―

(1) 歴史から考える
(2) 大転換を考える


(1) 歴史から考える
 豊かさの基盤も、富山県においては、近年大きく変化してきている。

 まず、第二次産業を中核とした富山県の産業構造は、大きな転換点にさしかかっている。特に、情報技術の革新を梃とした一層のグローバル経済化、多くの発展途上国の離陸は、ベティー・クラークの法則を持ち出すまでもなく産業社会を大きく変えつつある。
 生活の糧としての所得の確保は、地域の個々の企業の果敢な取り組みに掛かっている。まず、相互に繋がりあう地域なりの産業群を形成し、地域資源を効果的に活用していく必要があろう。同時に、地域に住む人への快いサービスを提供する事業も求められる。一方、こうした中で、安定して働く場、生涯にわたって働く力を磨き続ける機会が準備される必要がある。

 規模の大きい世帯については、核家族化、さらには非婚・離婚の増加等による単身化などで次第に縮小している。地域コミュニティでのこれまでの繋がりも薄らいできている。そして、これまで世帯や地域社会が持っていた機能の充足が、市場、行政に向かって投げ出されている。しかし、市場には排他性があり、人々を包括する行政施策を充実するとしても限度がある。
 家族・地域社会の繋がりの是非はともかく、子供、高齢者など、社会的に排除されがちな人達を包摂していくことができるような新しい生活を形成していくことが課題となっている。このため、富山県なりに、家族・地域社会のあり方を再検討し、今後の新たな福祉のあり方の合意の下で、個々人の創造的な生活が、多様な繋がりを育み人々の支えとなっていく社会を形成していくことが急務となっている。

 さらに、ゆとりある空間については、人口の富山市に向かった集中が次第に進んできた。しかし、都心部の再生、高度利用が図られないまま、市街化区域を超えた周辺地域に新しい住宅地が形成されるなど、農地の蚕食が進んでいる。こうした現象については、農地の保全(食料安全保障の確保)、公共交通の維持、都市の自然災害の防止、各種社会資本の効果的活用など数多くの困難を引き起こしている。
 このため、このままスプロール(都市の拡散)を許容していくのか、まとまりのある都市形成を目指していくのか、県民全体として、今後の土地利用のあり方の合意を形成し、それを遵守していくことが急務となっている。
 他方、財政的限界にも十分留意し、多様な公共事業の方向転換も強く求められている。

 なお、これまでの豊かさは、一面では、富山県が、日本全体の近代化の流れにそのまま乗らなかったためとも捉えられる。しかし、現在、近代化の像自体が揺らいでいる際に、その>近代化に遅れて乗ろうとしていることが課題を引き起こしているとの見方もできよう。
 ⇒近代化についての考察


(2) 大転換を考える
 前段の地域創りの方向性は、概ね本サイトの分析で導かれることであろう。しかし、これを超えた困難な課題が山積している。地球温暖化、資本主義経済の混乱、財政の限界等々、長期的課題として脇に置かれがちだが、既にかなり手遅れとなっており、着手を猶予できなくなっている。まさしくグレタさんに叱られる、というより叱られている。
 この検討の前提として、正義を実践し、誇りある生き方を選択していくことを確認しておく必要がある。所得の最大化のために法律が許す範囲で何でもするという発想は否定せざるを得ない。何でもありの世界では、課題の解決は不可能なことは明らかであろう。

 地球温暖化は、温暖化ガス排出削減のための各種の技術的解決を図る方向とともに、我々の経済的活動の鎮静化が求められている。この意味では、新型コロナウイルスの蔓延で人々の活動が鎮静化した状況が参考になるのではなかろうか。我々の活動に敢えて加えなくても可能なことが見えそうだ。例えば国際観光がその典型的な例であろう。そして物的消費でなく、互いに支え合う産業へと資源・所得を回していく必要がある。ただし、撤退事業に携わる者には厳しい限りである。

 また、資本主義経済は、人々の格差拡大を顧みていないが、実は、地球温暖化に関して一人当たりCO2排出許容量を鑑みると、自ずと各自の消費の上限があると予想され、さらに所得の上限があることとなる。これは現在の資本主義社会の制度には組み込まれていないことであるが、倫理的に生きようとすれば無視できないであろう。現在我々が持っている生産力に鑑みれば、それを分け合えば、十二分に生きて行くことができよう。分け合うことを前面に出して、皆で取り組んでいくことが必要である。

 なお、地球温暖化に鑑みると人口の縮小は、かなり正解となり、不可欠とも考えられる。労働力人口の減少で経済社会が維持できるかという困難な課題があるが、それを超えて皆で分け合っていくことが必要であろう。

 かなり飛躍した論述で、実践困難なことを述べているが、深く考えると避けられないことであろう。

 いずれにしろ多様な困難にそれなりの総合的な解を出し、あるいは設定し、新しい社会のイメージを描き共有し、新たな社会創りを進めていく必要がある。

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(Apr.30,2020Rev./Feb.12,2000Orig.)