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参考 地域創りの意思決定
第4節 社会計画
第3項 総合化

1.包括的検討

地域のあり方を考えるレベルとその内容
検討のレベル 検討方法 情報源 主として関連する
学問分野
市民
@
個別事業のあり方
利害の調整 利害関係者の要望
事情としてのニュース(伝聞)
個別技術 大衆(しろうと)
A
個別分野の方向性
専門家による分析検討 各種統計 工学
経済学
専門家
B
総合的方向性
包括的検討
地域の社会構造の理解
地域情報ベースから (社会学) 公衆(事情通)
C
合意形成
民主主義の手続きの考察
(政策展開への権力)
社会的活動参加者から 政治学
D
生き方を考える
個人の生き方・社会のあり方 自省 公共哲学
 地域のあり方を考えるとは、各人の考え方は異なるとしても、各人なりの考え方のもとで、社会のあり方を包括的に捉えていくことが前提であろう。しかし、包括的に考えることは必ずしも容易でなく、さらに社会的合意を得、地域づくりを展開していくことは一層困難である。

 @個別的事業の是非を問うのであれば、当該事業の可能性調査(費用便益の検討を含む)を経て、利害関係者の調整ができれば実施可能であろう。
 ただし、補助事業等にあっては、費用=便益の均衡点が移行するため、その意味合いに留意しておく必要がある。
 また、ここでは、当該事業への予算等の資源を配分する問題は別であり、事業実施の是非の要請は、専ら利害関係者の損得計算に基づくものであり、声の大きい集団を利する事業に偏りがちとなろう。

 Aいろいろな個別の分野それぞれで実施する事業を決めていくのであれば、予算等の制約条件の下で、費用便益を詳細に検討し、多くの事業の優先順位を決めていくことで実施可能となる。
 ただし、当該分野への予算等の資源を配分する問題は別であり、配分を総合的に決定していく必要がある。ここでも事業関係者それぞれの総事業量を拡大しようとする要請が強く働く。このため、年々の事業量は変更し難く、既特権化しがちとなる。行政施策の多くは、こうして配分された予算額を前提に意思決定されているように考えられる。
 また、当然ではあるが、事業関係者に自らの所掌を越える代替案の相互比較等を求めることは難しい。このため、地域社会は、明確な指針を持たず漂流していくこととなりがちである。

 B限られた資源の中で、多様な内容を持つ個別的事業を組み合わせて、地域づくりを進めるには、個別分野を越え、総合的に地域のあり方を考える必要がある。この前提として、地域構造を総合的に捉え、それなりの共通認識を持つことがまず求められる。このため、各分野の専門家が積極的に情報を蓄積提供していく必要があり、同時にしかるべき機関でそれを分析総合し社会に提示し続けていく仕掛けが求められる。この情報に基づき地域のあり方が包括的に議論され始めて、地域の方向性を定めていくことができよう。
 例えば人口減少等に向かって、コンパクトにまとまって住み生活する都市をつくっていくことを検討する場合、住宅地の新規開発はもとより、道路の延長、下水道サービスの都市地域を越えた拡張は抑制される必要があるし、その都市の中での産業活動、日常生活のあり方も十分に考えられなければならないなど、地域に関する情報を総合的に検討していくことは避けられない。
 自治体の総合計画・総合政策はこれを標榜したものであるが、一定規模を超える自治体では分野を超えた総合調整を行うことは組織的に極めて難しくなっている。また、国からの補助金等がある施策も地域のあり方を歪める元凶となる。

 C合意形成が、実際の地域づくりの事業展開の前提となるが、ここには困難が、極めて多い。地域の個々人、個々の組織はそれぞれ利害関係者であり、総合的に地域のあり方を考える立場にいるわけではない。このため、総合的な議論が素直に受け入れられず、それぞれの具体的な利害で判断されるとともに、包括的に現れる影響には無関心となりがちである。例えば土地利用の厳格化の必要性が広く認められるとしても、個別的には総じて無関心で、利害関係者のみが利用規制の柔軟な運用を求めがちである(大型店進出を防ぐ立場などに立つと逆に厳しい運用を求める)。
 このように、土地利用規制の厳格化などの困難性が予想されるため、総合的に地域のあり方を考ること自体を意味のないこととして放棄することも起きている。
 こうした課題を乗り越えるためには、地域の多くの人が地域のあり方を議論し声を上げていくことが必要であろう。この声を背景にして始めて、為政者を始めとする関係者もあるべき意思決定を表明していくことが可能となる。

 D地域のあり方を主張する際には、各自の生き方が問われることとなるが、通常は社会的には議論されない。しかし、地域のあり方を考える知恵、異なる意見の調整は、哲学的議論を展開できる背景があってこそ始めて可能になるものであろう。ちなみに、近年は、このレベルの議論の必要性も認識され始め、公共哲学等への関心が高まっている。

  ⇒参考 『総合社会政策を求めて 第2章』

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(Feb.12,2016Rev./Sep.30,2005Orig.)