富山薬窓会 富山・石川合同支部 活動報告 本文へジャンプ
平成30年度  富山薬窓会 富山・石川合同支部 記念講演講演会要旨

2018年(平成30年)7月7日 

「がん免疫療法の現状と自然リンパ球をターゲットとした
新たながん免疫制御機構」

 

富山大学 和漢医薬学総合研究所

病態生化学分野 教授

早川 芳弘

 

 がん病態の成立にはがん細胞自身だけではなく、がん細胞を取り巻く腫瘍微小環境において様々な宿主因子との相互作用が非常に重要な役割を果たす事が指摘されている。これらのがん細胞を取り巻く腫瘍微小環境の理解とその制御が新たながん治療法の開発に向けて非常に重要であると考える。免疫システムは、外来または内因性の病原・病因に対して免疫バランスを調節することで恒常性を維持するシステムであるが、腫瘍微小環境を構成する重要な要素の一つである。がん病態の形成過程においては免疫応答が腫瘍を監視する事で抑制的に働く、いわゆる腫瘍免疫監視機構が存在し、結果的にがん細胞の免疫学的な選択・編集プロセスとしてがん免疫エディティングという概念がこれまでに提唱されている。すなわち正常細胞からがん細胞へと至る過程は常に免疫担当細胞による監視下にあり、がん病態の成立にはこのような免疫監視を逃れて増殖・転移能を獲得することが必要であると言う概念である。これらのがん免疫逃避メカニズムをターゲットとした「免疫チェックポイント阻害剤」をはじめに、近年のがん治療において免疫療法に注目が集まっているが、課題も多い。
 私はこれまでがん細胞の転移・浸潤のメカニズムに関する研究や腫瘍に対する免疫応答、特に自然免疫系に属するエフェクター細胞の抗腫瘍免疫応答および細胞レベルでの機能解析の研究などに携わってきた。自然免疫系でもとりわけナチュラルキラー(NK)細胞およびナチュラルキラーTNKT)細胞の腫瘍免疫監視機構における役割について研究を行ってきた。NK細胞は、その名の通り事前の感作なしにがん細胞を殺すことができる細胞として発見された自然リンパ球の一種である。NK細胞はがん細胞やウィルス感染細胞などの排除に重要な役割を担っていることが広く知られている。最近、このNK細胞の新たな機能としてがん細胞を直接攻撃するのみならず、がんの悪性化に関わる血管新生と呼ばれる生体応答を炎症性細胞の好中球の機能制御を介して調節していることを初めて明らかにした。通常、NK細胞はがん細胞を監視し、攻撃することでその増殖を抑制しており、NK細胞の機能低下や不全はがん細胞にとって有利に働き、増殖を促進する。一方、がんを取り巻く微小環境での炎症は、がん細胞の増殖や転移といった悪性化に寄与することが近年注目されている。これらがん悪性化に関わる炎症は、がん細胞に直接影響するのみならず、周辺細胞にも大きな影響を与えることが知られている。なかでもがん細胞の増殖に重要な血流の獲得のため、血管新生と呼ばれる現象でがん細胞は新たな血管を造成し、炎症はこの血管新生を促進する要因の一つとして考えられていいる。これまでに知られていた直接的ながん細胞の攻撃のみならず、NKが好中球の悪性化を阻害することでがん悪性化を抑制していることを示す知見を得た。つまりNK細胞の機能低下・不全にともない好中球が血管内皮細胞増殖因子VEGF-Aの産生にみられる悪性化形質を獲得し、血管新生とがん細胞増殖の促進することを明らかにした。一方、NK細胞の機能低下・不全にともない見られるがん細胞増殖は、悪性化した好中球を抗がん剤で制御することによって抑制可能であることも示した。多くのがん患者においてNK細胞の機能低下や不全が見られることから、今回の成果を応用した新しいがん治療へとつながる可能性がある。