進化の調律師

 「千葉聡著『進化という迷宮−隠れた「調律者」を追え−』講談社現代新書2025年」を読んだ。
 ダーウィンによるガラパゴスでのフィンチの観察があるが、これを小笠原のカタツムリで行ったものといえよう。DNAの分析などもしっかりと取り入れており、本書の紹介にあるように科学ミステリーになっており興味深かった。
 結局は、進化の調律師を環境の中での偶然と物理法則の結果として生まれることに見出している。さらに追及すれば、量子力学の不確定性による偶然と多様な力学の作用の結果ということになるのであろう。

 そしてこの発想を展開すれば、今日の我々の存在もこのメカニズムでもたらされているものと解釈できよう。そして、我々の存在に事前的な目的などあり得ないことになる。
 それでは我々はどう生きればいいのか。結局は、それぞれが何をしたいか以外にあり得ないと思われる。それは、生まれてからそれまで育ってきた環境の中で身に付けたものとなる。そして、それを実現するために、社会の中で整合性のある秩序が形成されるよう生きていかざるを得ない。各自なりの正義を突き詰めて考え、これに沿って現実社会の中で調整しながら生きていくということである。
 話は変わるが、現在の社会の混乱は、現代科学の進展の中で宗教離れが起きているが、これに変わる道徳律を身に付けていないためであろう。これは「エマニュエル・ドット著『西洋の敗北』文芸春秋社2024年」の主旨であろう。
 我々は、自分なりの正義を見極め、これに沿って生きるよう努力するとともに、次世代にそれが伝わるよう子供たちを育てていかなければならない。ただし、これは我々の実践を見せて行うものであろう。


June.08,2025

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