方舟を創る

 生物は、原核生物から真核生物に進化し、遺伝子の数をどんどん増やしました。この際、遺伝子の複写をより正確にするために、雌雄の性を生み出し、生殖細胞を大切に維持することとしました。そして、その他の部分は使い捨てにしました。これによって、真核生物が死んでしまう宿命を持った訳です。この代替わりのシステムを持ったことによって、生物は、エディアカラからさらにカンブリアを出発点として様々な進化を遂げました。

 そして、生物のこれまでの進化の過程で、何度かの大量絶滅に見舞われています。種・属・目のみでなく綱まで消滅したこともあります。この大量絶滅はいろんな規模であったのですが、特に大きな消滅が、古いものから順にオルドビス紀末、デボン紀末、ペルム紀末、三畳紀末、白亜紀末にあり、これらはビッグファイブと呼ばれています。いずれもマグマの噴出(大噴火)を原因としているものです。なお白亜紀末は隕石の衝突が主因ですが、これにはデカン高原の噴火が重なっています。
 さらに7万4千年前にはスマトラのトバ噴火で、ホモサピエンスが人口1000人程度に減少したとも考えられています。これには疑問も呈されていますが、人類の遺伝子の多様性の少なさからこの時期にボトルネックがあったことなどが証拠とされています。

 生物の大量絶滅は大噴火等に伴う、酸欠、多様な有毒物質による直接的な死亡はもとより、温暖化による熱中症死、また寒冷化を含めてもたらされる様々な気象災害、そしてこれらの結果として起こる飢餓、海水面の変化による水没等々多様な形で起こっています。
 現在、温暖化ガス排出の積重ねにより、地球温暖化は急速に進みつつあり、様々な災害が起こっています。これをグテーレス国連事務総長は、地球が沸騰していると表現しています。未だこれを否定する人もいるようですが、現実を直視ししていないだけです。また温暖化ガス排出の削減は、他の人、他の国でやればいいという発想もあるようです。〇〇ファーストがその発想です。しかし、仮に人類一人当たり排出許容量という発想をすれば、各自同じ量ではないでしょうか。これは、ロールズの正義論を持ち出すまでもないことに思われます。

 温暖化ガスの排出は、我々の生産・消費活動によってもたらされます。この活動は、資本主義社会の形成によって大規模に進み始めました。この過程は、ウェーバーによって分析されていますが、ウェーバー自身は、この社会の限界を「鉄の檻(価値が感じれない仕事に追われる状況)」と呼んでいます。そして、この檻の中で生きる知恵を幾つか並べています。@新たな宗教を持つこと。これによって救われることもあるでしょうが、1978年のガイアナでの人民寺院による集団自殺ということもあります。Aプロテスタントの時代に戻る、さらにはアーミッシュに倣うことも考えられます。また。B檻の中でそれなりに楽しんで生きることも考えられます。バンとサーカスを楽しんで生きること、今日流には、グルメと推しの生活でしょうか。C逆に仕事に集中することもあり得ます。経済活動を必死に行う経営者、社会改革に励む為政者・公務員などが考えられます。そしてD真善美を追求し高尚に生きることも考えられます。どのような精神で生きるとしても温暖化による災害からは逃れられません。
 人それぞれの生き方がある訳ですが、地球温暖化に抗うのは、Cの為政者、スーパー公務員でしょうか。ただし、これには多様な困難が伴います。人々の生活をいろいろと変化させていく必要があります。例えば猛暑の中で我慢せずクーラーを利用しましょうと呼びかけられましたが、これはどんな意味を持つのでしょうか。また、生活を楽しくない方向に変化させることには、多大な抵抗が出てきます。ポピュリズムが跋扈する中で、民主主義の制度も不都合になります。

 これらの困難は、承知していますが、今、多様な被害が起こりつつあり、今後一層厳しくなっていくことは確実です。このため、いろいろな対応が必要なことは間違いありません。
 そして、大量絶滅が起こりつつあることから考えると、生物全体の規模は縮小するとして、多様な生物がそれぞれ少数でも生き残っていく、「ノアの方舟」を創る必要があると思われます。また、ここへ至る過程として、人々が可能な限り安寧に生き、死んで行ける社会を工夫していく必要があります。

軸となる対策
〇温暖化ガス排出削減
 多くの人は経済成長を求めています。しかし、現在、生産・消費活動の縮小が必要なことは明かです。特に、経済復活の核として捉えられている自動車の生産・利用や観光行動は、温暖化ガスの排出量が多く、抑制が最も必要だと考えられます。
 戦争の遂行などは論外です。
〇自然エネルギー活用
 体制として支援していくことを明確する必要があります。
〇脆弱地からの退避
 多様な気象災害が起こっていますが、国土強靭化や被害の復興は、温暖化ガスの排出が極めて多くなる事業です。このため、他地域の既存の住宅に住むことを奨めるなど、方針を転換していく必要があります。
 なお、海水面の上昇に関しては、早急に転居する必要があるのではないでしょうか。既に世界の多くの地域で多様な災害が起こっていますが、2005年8月に先進地域であるニューオリンズを襲ったハリケーン・カトリーナに匹敵する災害、さらにはこれを大きく上回る災害が起こる可能性は十分にあります。ちなみに、東京都で海抜ゼロメートル以下の地域に150万人住んでいます。さらに安全を考え、海抜7メートル以下を配慮すると膨大な人口となります。
〇食糧生産の強靭化
 早晩食糧の輸入は困難となり、飢餓状態に陥ります。このため、農地・農業経営者の確保、品種、栽培方法の温暖化に対応した改変などを進めていく必要があります。
〇安楽死の容認
 マズローの欲求の五段階説でも生理的欲求は筆頭にあり、生命には死を避けることが組み込まれています。そして生命の尊厳は、人にとって極めて重要な道徳律です。このため、安易に安楽死を認めることは極めて危ういことです。しかし、猛暑に生き続けることは嫌だという選択肢もあるのではないでしょうか。他者に死を促すことはあってはなりませんが、主体的な選択はあると思います。これは、人口を削減し、人の活動量を減らしていく効果的な方法にもなります。
〇知の継承
 温暖化への対応の終局的な局面では、国家は維持できないかもしれません。部族社会、あるいは小さな血縁集団になってしまうかもしれません。実はこうした生活は人類の初期にあったものですが、「鉄の檻」から抜け出したものとなっています。このため、これまで獲得してきた人類の英知をどう継承していくかは、大きな課題になります。

Sep.25,2025

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