事象の非局所性−パラダイム転換の困難性−アダム・ベッカー著『実存とは何か−量子力学に残された究極の問い−』筑摩書房2021年を読んだ。量子力学での事象の非局所性が実証されコペンハーゲン解釈が破綻した経緯を説明している。 科学研究に哲学的背景が深くかかわっていることが基調にあり、ノンフィクションだが一級の物語となっている。私自身の知識レベルとうまく重なり極めて興味深かった。 本書の内容を紹介するのは私の手に負えないが、極めて簡単にあらすじを整理しておく。かなり説明不十分な点があることを予め断っておく。 ラザフォードが、「原子核」の存在を発見した。 これに対して、ボーアは「原子構造の惑星模型」を提唱した。 ハイゼンベルクは、1925年に行列式により惑星模型がもたらす現象を解明した。これは「行列力学」と名付けられている。 シュレジンガーは、煩雑な行列力学に対して、「波動関数」を提唱した。ちなみに、後日、行列力学と等価であることが証明されている。 ここで、コペンハーゲン解釈「粒子は観測されるまで特定の性質を持たない」が生まれた。これは、「シュレジンガーの猫」として一般に説明されている。 この解釈をアインシュタインが執拗に批判し続けた。特に第5回ソルヴェイ会議での議論等が引用される。最終的には、「EPM論文」で「量子もつれ」の存在を指摘していた。 しかし、コペンハーゲン解釈は、フォン・ノイマンのお墨付きを得て、不動のものとされた。 また、コペンハーゲン解釈は、多くの量子的現象の説明に大成功し、多様な応用を産んだ。 他方、「ウィーン学団」の経験主義の支えもあり、ポパーの「反証可能性」なども有力な支援となっていた。 グレーテは、早い時期にフォン・ノイマンのお墨付きを否定していたが、数理哲学者で女性であったこともあり相手にされなかった。 ボームは「パイロット波」を提唱し批判したが、ボーム自身の立場や発表した学会誌の選択の失敗もあり、顧みられなかった。 こうした中で、量子力学の研究は「とにかく計算しろ」という風潮となり、研究者は基礎的問題を回避し続けた。 エヴェレットは、「多世界解釈」を提唱したが、破天荒で受け入れられなかった。 ベルは、事象の局所性を判定する不等式を「ベルの定理」として提唱した。物理的メカニズムとしては、「波動関数の収縮」を有力候補として想定している。さらに、その実証のための実験も考案していた。しかし、この実験は困難で、生活の保障のない若い研究者には、踏み込まないよう注意していた。 これに対して、終身雇用保障を得ていたアスペは、実験に取り組み、6年間かかり1982年に実験に成功した。具体的には、粒子が分離した後に操作を加えても素粒子のもつれが現れることで事象の非局所性を証明した。 この結果、量子コンピュータへの応用などが始まっている。 なお、多世界解釈については、量子論の対極にある宇宙の誕生に関して議論されている。 このように、コペンハーゲン解釈の解明は、ほぼ半世紀の停滞を経て実現した。 今日でもコペンハーゲン解釈の破綻を認識していない人が多いし、教科書でもほとんど説明していないようである。 科学研究では、クーンの「パラダイム転換」の可能性を念頭に置いておくが重要であろう。しかし、上述のような経緯は、パラダイム転換の想定は、極めて困難な技であることの実証例となっていると言えよう。 Jan.21,2025 表紙に戻る |