未来予測と事前的対応

 私は、大学で計画の科学を学んだ。計画では将来予測が大事な軸となる。
 しかしある程度の予測ができても、しかるべき対応がなければ無意味である。
 現在、我が国で起こっているいろいろな問題は、そうした変化が以前から予想されていたのだが、必要な対応をしてこず、一層厳しい状況に陥っている。

◎人口減少
 人口減少については、1970年頃には既に予想されていた。他の先進諸国で合計特殊出生率が低下しており、我が国でもいずれ低下し始めるであろうと考えられ、1973年を境に実際に低下し始めた。
 これに対して、政府は一時的な低下で、再び上昇するると言い続けた。これは、社会保障制度等の正当性を主張するためであったようだ。実は厚生省の人口問題審議会では人口の減少を見通している(1974年)。
 21世紀に入り、総人口が実際に減少し始めてから、大きな社会問題として騒がれだした。そして、結婚、子育て環境の不備が主要な問題として捉えられ、いろいろな対策が取られてきた。しかし、人口の意味を含めて、何か基本的な認識が抜け落ちているようだ。

◎地球温暖化
 1798年のトマス・マルサスによる「人口論」は、よく知られたてる。さらに1861年には、ジョン・ティンダルが、二酸化炭素等が地球の気候を変化させる可能性を指摘している。また、1896年には、スヴァンテ・アレニウスが、二酸化炭素濃度が2倍になると気温が5〜6度上昇すると計算している。
 近年では、「成長の限界-ローマ・クラブ人類の危機レポート 」が1992年にだされてる。
 そして、1989年には、ジェームズ・ハンセンが、アメリカの議会での温暖化が進み始めていると証言している。この証言を受けて、1992年には、オデジャネイロで「環境と開発に関する国際連合会議」が開催された。各国のトップが集まったが、日本の首相は主席せずは重視していなかった。
 ちなみに、地球温暖化を検討する基準年は1990年とされている。
 現在、地球温暖化が進み、多様な災害がもたらされている。しかし、〇〇ファーストなどと唱えて、本気で対応しようとはされていない。国連によるSDGsなどもあるが、人々の気休めになっているだけで、かえって努力を削いでいるのではなかろうか。

◎格差拡大
 バブル経済の崩壊から立ち直れない中で、経済同友会の舞浜会議(1994年)、日本経済連合会の報告(1995年)などで、経済界は雇用維持の責任放棄を明確に宣言し、政府に対応を転嫁している。そして生き続けるための再生産ができない賃金水準の非正規雇用を大幅に導入し始めた。
 しかし、政府は真摯に受け止めず、むしろ新自由主義と称して、自己責任論を展開し、雇用環境の困難化に拍車をかけてきた。
 この結果、社会階層の形成・固定的化という事態が起きている。また、企業は株主利益の拡大を最優先とし、法律に触れなければ何をやってもいい、見つからなければ何をやってもいいという気風にさえなっている。経済学に倫理を挟まないという主張があるが、現実の企業行動で非倫理的行動が許容されるわけではない。

 以上のように、重要な変化は、見通せていたのだが、問題意識が強まったのはかなり遅く、しかも対応の方向性が定まらず、問題を一層大きくしている。
 我が国は、社会課題への対応能力を失ってしまったのではなかろうか。

Aug.24,2025

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