参考 地域創りの意思決定 第2節 行動原理 ―正しく生きる― 第2項 倫理 3.経済活動と倫理欲望を解放したグローバルな経済活動のもとで、今日の経済活動の正当性が問われることが多くなってきた。この基礎となると考えられる私的所有、自由競争の根拠はそれぞれ、J.ロックの私有財産論、A.スミスの国富論にあると考えられる。 そして、それぞれは、本来、人々が共に生きていくことを前提としている。 J.ロックの私有財産論 3つの原則 1、私有財産成立の原則(または労働所有論) 「人が労働を加えた物はその人の私有財産になる。」 2,私有財産成立の付帯条件(またはロック的但し書き、十分性の制約) 「他人にも十分なだけ同様な質の物が残されている限り。」 3,私有財産の範囲条件(または腐敗禁止の制約) 「腐らせずに利用できる範囲内。」 『市民政府論』(1690)第5章では、主としてアメリカでの土地の私有化を例にしており、今日一般に、その内容を要約すると上のようになると解説されている。 なお、キリスト教の下で、金持ちが否定的に評価されていた当時にあっては、「財産の蓄積を許容する」根拠を与えたものともされる。 さらに、この議論は、「労働の価値」を認める嚆矢として評価されている。 A.スミスの共感(見えざる神の手の前提) 『道徳感情論』(1759)で、人間にそなわる道徳感情、共感(sympathy)の作用を分析し、人間には、利己的に行動しようとする意志と、利他的に行動しようとする意志があるとしている。 『国富論』(1776)では、こうした共感を懐く人間が自由に活動することによって、自然に経済が安定すると考えている。 利他の共感を忘れた自由至上主義では、スミスによる安定の保証はないこととなる。 なお、こうした論述には、重商主義(交易への偏った評価)を否定し、生産事業者を評価するよう主張した時代の背景があった。 今日的評価 グローバル化の中で、共感を得る基盤が極めて弱くなっている。 また、エネルギー、その他の資源や炭酸ガス排出許容量などについては、グローバルな限界が明確になってきている。 こうした環境の中では、所有権や自由競争のあり方についての再考が必要なことは明らかであろう。 しかし、各経済主体は現在の制度の下でそれぞれの活動をしており、そこで制度的に許容される行動を自ら抑制しようとする動機は持たない。 また、現在の制度の中で利益を得ていると考えられる強者(先進国等)は積極的に制度の変更を行おうとはしない。 端的に言ってしまえば、結果として、多くの発展途上国が離陸できず崩壊していくことを見過ごしていくということになる。石油価格の高騰で最も疲弊していくのは発展途上国の貧困者であり、気候変動で最も災害を受けているのも発展途上国の人々である。 こうした状況の中で個々人はどのように行動していけるのか。 仮に人類全体各人が平等に生きる権利を持つというのであれば、炭酸ガスの排出量から勘案して、日本人などは物的消費を現在の半分以下にしなければならないであろう。いくらお金を稼いでも、それにより一層多くの物を消費することはことができなくなっている。 このように整理しても、個人にとって取りあえずどう行動すればよいのか、思い巡らすことも難い。せいぜい、こうした事実を自覚し、優しく生きる(?)よう努めるのみである。 (Feb.10,2016Rev./May.21,2006Orig.) |