地球温暖化対応を念頭に置いた地域創り
―COVID-19対応から温暖化対応へ―

 地球温暖化対応を念頭に置いて包括的な地域創りのイメージを整理しておく。
 地域の在り方について検討する際には、常に配慮しておかなければならない事柄である。

1.緊急の危機対応
2.新たな富山の創造
 (1)生活
 (2)経済活動
 (3)土地利用
 (4)国際貢献
 (5)誇りある地域


1.緊急の危機対応

 COVID-19(コロナウィルス)対応も地球温暖化対応も緊急の課題であり、同時に、生活、経済活動の大きな転換を必要とする。
 COVID-19対応として「新しい生活様式」が提唱されている。これは、生活の在り方の大きな転換、さらには一部の経済活動の抑制を求めるものである。包括的に捉えれば、COVID-19、地球温暖化双方への対応は、広い意味での経済社会活動の鎮静化を求めるものである。
 しかし、COVID-19は主として人と人との触れ合いの削減を一時的に求めるものであり、温暖化は主として物的消費の削減を恒久的に求めるものである。

 まず、COVID-19騒動の中で感じる危機意識を地球温暖化でも同様に感じ、同程度の対応が必要であることを認識する必要があろう。そして、このCOVID-19騒動の出口で温暖化対策に移行していくことはできないだろうか。COVID-19対策としての「新しい生活様式」を転換し、温暖化対策としての「新しい生活様式」を取り入れていく、そして経済活動の在り方を転換していく。

 ただし、現在の経済社会構造から新たな構造に直接移行できる訳ではない。このため、共通認識を持って転換へ努力していかなければならない。

 ちなみに、COVID-19騒動の中で、我が国の経済社会が持ついろいろな課題も見えている。政府の指示を要請する者と忌避する者の双方がおり、どのような民主主義を実現していくかが難しい。不足物資の輸出を拒否し始める国が現れ始めており、我が国の食料等の確保の脆弱さが露呈している。緊急時には、貧困層への一層の配慮が求められるが、蔑ろにされる懸念がある。新しい経済社会では、これらの課題にも配慮していく必要がある。

 現在の我が国の温暖化対策についての姿勢は世界の顰蹙を買っている。力のない国がこのようなことを続ければ、世界から見捨てられることは間違いない。
 人として正しく生きることを再検討し、国際的貢献にも配慮していく必要があろう。誇りある生き方を実践していくことが大切であり、飛躍するが、これが国際平和につながる道でもある。



2.新たな富山の創造

それでは富山の地域創りをどう展開していくか。COVID-19対応と比較するとともに、温暖化対応を核としつつも幅広い課題に触れ、地域創りについて包括的に考えたい。

(1) 生活

 COVID-19騒動からの出口で目指す方向を整理すると、これまでは、人と人の触れ合いは避ける必要があったが、今後は、逆に積極的に繋がりを作っていくことが求められよう。
 また、これまでは、エネルギー消費を伴う多様な消費活動は、結果として抑制されたが、今後は、意図的に削減していく必要がある。
 そして今後の楽しみは、物の消費ではなく、多様な内容のコミュニティシップの中に求めていく。

@消費生活
 まず大切なことは、日常生活での省エネルギーの徹底である。
 ここで、関連する諸指標を知っておく必要がある。CO2排出量について、現在日本では9.5ton/年/人、人類全体では4.7ton/年/人である。明確な数値がある訳でないが、例えば、気温の上昇を2度以下に抑えるためには、2050年までに全世界で一人当たりのCO2の年間排出量を2.1トン以下にしなければならないという研究がある。これに先進国の積年の責務を上乗せすれば、例えば1ton/年/人が目安となろうか。理屈はともかくとして、先進国は、排出ゼロを目指すとした方が分かり易いであろう。
 そして、どのような消費が、どの程度の排出となるかについても知識を持っている必要がある。これについては、冷暖房、人の移動が大きな部分を占めることはよく知られている。

A多様な文化・スポーツ活動
 COVID-19騒動の中で人の行動の要・不要が議論されている。しかし、これは本来各自の選択であり、何を選ぼうと、それぞれの考え方・嗜好の中で整合性があり一貫性があれば、他者が否定することではない。勿論、COVID-19騒動の中で一時的に避けざるを得ないこともあろう。
 同様に、地球温暖化対応でも避けざるを得ないことが多い。多くの行為がエネルギー消費を伴うため避るべきことになりがちである。そしてストイック(禁欲的)な生活を求めざるを得ないという結論となる。しかし、新たな生活を楽しむ工夫によりエピキュリアン(快楽的)な生活に転換していくことができよう。
 それは、各人が地域に開かれた生活を心がけ、人と交わるコミュニティの中で工夫していけるのではなかろうか。
 多様な文化・スポーツ活動で、地域なりの卓越した分野が形成されれば、各自のアイデンティティの基礎ともなり得よう。

B支え合い
 緊急事態の下では取り残されがちとなる高齢者、子ども、障碍者、貧困、孤立者等々多様な支えを必要とする人達への平常時からの支援の仕組みが充実される必要がある。
 この支援は、市場・政府からは必ずしも十分には得れない。このため、家族・地域社会の役割が重要となる。これは歴史的には、一旦、放り出した役割であり、かなり困難な要請である。いずれにしろ多様な状況の中で、強制されることなく展開されることが求められる。
 このためには、やはり、人々が地域社会での開かれた生活を取り戻すことが要となろう。いろいろな活動の中で、繋がりを増やしていくことが出発点である。
 温暖化対応は、COVID-19対応と逆に、コミュニティシップを醸成していくことこそ大切である。
 (「コミュニティシップ」は、H.ミンツバーグが企業組織に関して使った言葉だが、ここでは地域社会に援用する。)

 こうした生活の展開のためには、そのための環境を整備していく必要がある。特に、生活時間を取戻すためには働き方の改革が必要である。また、生活空間の形成として地域のたまり場を造ることも求められる。


(2) 経済活動

 まず、温暖化対応として、エネルギー消費を伴う多様な生産活動は、積極的に削減していかなければならない。
 また、COVID-19騒動の中では産業活動の制約から所得に不都合をきたした者への多様な所得補填が工夫された。今後はいろいろな事態に遭遇してもそれなりの所得が維持できる仕掛けを創っていくことが望まれる。これは安定した社会の基礎的条件である。
 一方、COVID-19騒動では、ステーホームのためのテレワークにより結果とて通勤時間の節約が図られたが、今後とも人々の生活時間の確保のため、働き方を工夫していく。
 他方、騒動の中で輸出制限の動きが散見されたが、必要最低限の物資を自給できる体制を形成していくことも必要である。


@所得
 現在の所得格差は早急に解決すべき課題である。社会経済の構造が大きく変わる時、必然的に職場を失う者が出てしまう。COVID-19騒動の中でも、それをどう補償するか課題になっている。
 このため、恒常的な対応として、ベーシックインカムの導入を図っていくことはできないだろうか。これは、国全体の施策として想定されるが、地域なりの実験・試行はありえないだろうか。
 また、格差是正への基礎として、非正規雇用の削減、社会保障負担なども含めての同一労働同一賃金の導入などが必要である。幸い、富山県では非正規雇用の比率は低い。これは、地場で生まれ育った企業が多く、企業経営者が働く人の顔の見える経営を展開していることが一因と考えられ、今後とも一層の改善を期待したい。
 他方、COVID-19騒動の中でも議論されているが、多様なエッセンシャルワークの再評価を行い、それなりの賃金を受け取れるようの配慮していきたい。公的事業での賃金の積み増しを実現できないだろうか。

 なお、I.カント(あるいはJ.ロールズ)に倣って正義を考えれば、一人当たりCO2排出量に上限がありそうだ。そして、自ずと一人当たりの財サービスの消費量に上限ができ、さらには、所得にも上限が想定されるようになる。この結果、もはや一定以上の所得は、社会に還元することが求められるのではなかろうか。
 (ただし、この言説は、CO2排出ゼロ化、利潤動機の企業行動等々と包括的で整合性のあるなものとなっていない。)

A業種
 地球温暖化対策としての産業の在り方としては、基本的にはエネルギー消費が多いと考えられる物を造る産業、人の移動に係る産業を抑制し、人を支え合う産業に資金を回し活性化を図っていくこととなろう。

(活性化すべき産業)
・自然エネルギー産業
 富山県には、水力、風力、太陽光等の発電の可能性があり、これを実現していく企業もいろいろとある。富山県独自に「自然エネルギー税」を作り、家庭の太陽光発電などを含め、自然エネルギーを開発する者を支援していくことが望まれる。富山県には「水と緑の森づくり税」があるが、この税制は思いのほか容易に設定され、手続きに懸念を感じたほどである。新税の設定には、十分な議論を興し、県民の意識を高めていくことが期待される。
・省エネ関連産業
 富山県には地場で生まれ育った優秀なハウスビルダーそして関連事業者が数多く存在する。これらの関連事業者が連携して、住宅産業クラスターの形成を図り、省エネ住宅の整備を図っていく。
・各種ケア産業
 ケアの分野に資金を回すことを前提に産業分野として充実を図っていく。
・新しい農業
 土地利用の仕掛け、農業組織の工夫、デカップリング(所得補償)で耕地の維持を図っていく。

(鎮静化すべき産業)
・観光産業
 飛行機の利用は、「飛び恥」として認識されるように、膨大なCO2を排出する。このため、国際観光の振興などは即刻手仕舞いとする。これを県として打ち出すことは困難と言われる可能性も高いが、地球温暖化対策に取り組む覚悟が立証できるであろう。
 国際観光がCOVID-19騒動から抜け出すには極めて時間がかかり、関連事業は厳しい対応が避けられない。むしろ撤退していく契機としてはどうだろうか。
・建設産業
 既に、公共投資の大幅な削減によって疲弊している産業である。しかし、道路を始めとする多様な基盤施設は人口減少により急速に需要が低下していく。また、国土強靭化の名によって多様な事業が展開されているが、その取捨選択が真摯に行われていない。基盤施設整備の在り方等を検討する委員会等は利害関係者のみで構成されがちで、というより事業量全体の削減を提起する者は含まれず、為政者も我田引水の議論をするため、結果として変革できない。かつて政権が変わった際に、仕分け事業として改革に着手しようとしたこともあったが、多様な既存勢力によって潰されてしまっている。
・火力発電
・金融
 人々の所得の確保(儲けること)を主目的とした金融事業は、人々の所得格差の拡大を助長し不要と考えるがいかがであろうか。各種事業に必要な資金の融通の結果としての所得ということであろうが節度が求められる。少なくとも政府が財テク支援策を展開することは、違和感がある。
 (儲けることを目的とした行動に異議を唱えることは、資本主義経済の社会で正当な発想として受け入れられるか疑義があろう。)


B働き方
 我々は何を求めるのか。今日の社会全体の生産力から見て、その成果の分け合いがうまくできれば、これ以上物の生産を拡大しなくてもよい。さらに、ITの効果的活用がうまくできればそんなに働かなくてもいい。生活時間の生み出しのために、労働時間の削減を真剣に考えていく。


(3) 土地利用

 COVID-19騒動では一極集中の脆弱性が露呈したが、今後ともその解消を図っていくとともに、人の移動も少なくい経済社会を形成していく必要がある。
 また、人々の新たな生活空間の形成も欠かせない。これは富山市のコンパクトシティ構想に沿うものである。
 他方、食料自給率の向上のために、耕地の維持を積極的に図っていく。

@一極集中の是正
(一極集中)
 COVID-19騒動では、東京、大阪の大都市圏が残ってしまい、現在の一極集中体制の危機に脆弱なことが露呈した。今後予想される自然災害の下では、社会経済の諸機能が限られた地域に集中していることは極めて危うく、この解消を図っていく必要がある。特に、今後予想される海進への対応は、大変な事業になることは間違いない。
 ちなみにCOVID-19騒動の中で、大都市圏での居住を考え直す人が出始めているとのことである。

(中央集権)
 この一極集中の背景には、我が国の政治の中央集権制度があり、経済社会の諸機能が特定地域に集まらざるを得なくなっている。
 1970年代には、全国共通する基盤施設が概成し、その後は各地域毎に必要な基盤施設の整備が必要になった。しかし、国の財源の配分が縦割り制度となっており、その枠を超えて基盤整備の内容を切り替えることはできない。このため、各地域にとって必要度の低いものでも国の配分に従って整備を続けてきている。例えば、今日、富山県の道路事情は全国でも極めて優れたものとなっているが、年々の整備量も全国の中で特に大きなものとなっている。ここで、もし知事が道路財源の削減に言及すれば、削減は実現しようが、他の予算が回ってくる訳ではない。
 2000年の地方分権一括法で、中央集権制度の改変を図ったのだが、結果としては、国から地方への財源が削減された。また、市町村合併が進められたが、地域を経営していく能力が本当に向上したのか、評価は定かでない。道州制の議論などもあったのだが、今日では誰も話題にしていない。単に工場等の各地への進出を奨励する策などを設けるだけでなく、集権体制を改め分散を進めていく必要がある。

A生活空間の構築
(住宅建築の抑制)
 既に富山県でも空家率が14%となっており、さらに今後は世帯数の減少が見込まれている。こうした中で、年間6000戸程度の建築が続いている。空き家の増加は、環境の整った住宅地の整備等から好ましくない。空き家は蚊や鼠などが繁殖し伝染病蔓延の契機となる可能性もある。
 住宅建築は経済効果が大きいのだが、今後は中古住宅の流通市場を充実させ、新設は抑制していく必要がある。このためのリフォーム事業の充実等が求められる。
 現在、賃貸住宅については、富山県の水準で見ればかなり狭小で、住宅の新築を促す結果となっている。さらに、建築、不動産、金融等の関連事業者は積極的に新築を支援している。行政も景気浮揚策、あるいは税金回避策等として住宅建築を助長することが多いが好ましくない政策であろう。
 
 なお、住宅の新築にあたっては、既存の住宅地でなく新たな宅地さらには農転用地を利用しがちだが、これらは、既存宅地が活用されるよう制度を整備していかなければならない。

(人の居場所の整備)
 新たな地域社会を創っていく要として、人と人の繋がりを形成していくことが求められる。この契機として、人が日常的に集まる場を整備していく必要がある。
 富山県には公民館が多く、それぞれ多様な方法で活用されているであろう。しかし、普段から自ずと人が集まる場としてコンビニエンスストア等と重ねることはできないだろうか。現在のコンビニエンスストアは厳しい競争の中で頻繁に立て替えられているが地域社会全体としては、かなり無駄が多い。地域社会に根付いたコミュニティ・コンビニへと変身できれば、買い物の場が核となり、人が集まるきっかけとなり易いであろう。
 (ファミリーマートのイートインはコミュニティスペースとしての利用を期待している。)

(街中に人の集まる施設)
 街中の商業施設については、シャッター街となっていることが多く、もはやこの言葉さえ取り上げられなくなっているようだ。しかし、物販のみでなく多様なサービスの提供を工夫し、かつ安価で利便性の高い公共交通を整備し、再生を図っていくことはできないだろうか。
 富山のまちなか賑わい広場『グランドプラザ』の活動は、全国的にもそれなりに評価されている。ライトレールの南北接続によって、新たな動向が見えないか期待される。

B基盤施設の再検討
 基盤施設の整備については、今後の人口減少、その必要度と財政事情等を勘案して、再検討される必要がある。縦割りの中央集権制度の下では、地域として本来あるべき姿の実現は難しいが、無暗に国に多々益々弁ずと要請するのでなく、節度を持つ必要がある。
 こうした前提のもとで、特に整備していくべきは、地域社会内での公共交通であろう。歩いて生活できる街に造り替えていくため、郊外鉄道の都心部への乗り入れや既存道路上に鉄道を敷設することなどを英断をもって行っていく。

C耕地の維持
 食料の安全確保に鑑みて、耕地の維持は重要課題である。
 既存耕地については、転用禁止に近い対応が必要であり、さらに人口減少社会の中で、場合によっては宅地の耕地化もあってもいい。また、耕地維持の多様な仕掛けも必要で、地域なりの所得補償(デカップリング)などもあり得よう。
 また、地球温暖化対策と重ねて、農業の6次産業化として、大豆の生産と人造肉生産なども考えられる(この件は、採算性等について全く検討していない。)
 なお、休耕地での太陽光発電がみられるが、再利用を考えれば不都合であり、住宅地内での空き地の活用が望ましい。


(4) 国際貢献

 国際貢献については、緊急時には見向かれなくなってしまいがちである。地域として積極的に貢献する方策を探り、実践していくことが必要であろう。これは世界平和を実現していく基礎となる行動である。

〇国際貢献
 かつて1970年代頃OECD諸国では、GNPの0.7%をODA(経済協力)として支出することを目指して、いろいろと策を練っていたのだが、この目標はどうなったのだろうか。
 富山には、国際貢献できる多様な事業者が既にいる。県あるいは新たな基金が、これらの事業者を支援し、事業を積極的に展開していくことができよう。
・COVID-19騒動が一息ついた段階で、次は、各国の対策への支援に乗り出せよう。例えば、アビガンの提供は、既に国が行っているところである。
・水力発電の支援も既に県内の事業者で行われている。
・自然災害の復旧支援の土木事業も行っている事業者もいる。


(5) 誇りある地域

 地域なりに誇りある生き方を展開し、それが各自のアイデンティティの基礎となるようにしていく。

@地域の自立
 2010年頃、我が国ではM.サンデルの白熱授業により正義論に関心が持たれたが、実際に正義を実践しようとする気運は極めて乏しいのではなかろうか。政治、経済全体が節度を失い、見つからなければどんな嘘をついてもよい、見つかっても立証されなければいいという考えになってしまっている。また、アメリカの行動を真似、パリ協定への対応など国際社会の顰蹙を買う行動を繰り返している。
 これでは、国全体として到底誇れる生き方ではない。また、為政者が正しいと主張して国造りを牽引することはできない。そして国力のない国がこのようなことを繰り返しているといずれ世界から見捨てられる。
 こうした国から抜け出すことはできないだろうか。中央集権的な制度の中で限界は多いが、地域なりに誇れる行動をとり、その地域に生きることを自らのアイデンティティの基礎としていきたい。

A温暖化ガス排出ゼロ宣言
 我が国では、自治体で排出ゼロ宣言をしている府県市町村がある。そのための道筋が見えている訳ではないが、最大限の努力を図るためには、宣言がそれなりに意味を持つだろう。具体手には、個人、企業、行政それぞれが、ここで述べたような対応を採っていくことである。
 包括的には、富山県独自の炭素税の導入を検討することもあり得よう。北欧では、人類が地球温暖化の危機に気付いた直後の1990年代の初めからいわゆる炭素税が設けられている。富山県としては、例えばエネルギー多消費型住宅への固定資産税の引き上げなど工夫してもよい。

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(May.17,2020)